🌸会合🌸   体験発表🌹〜輝く明日へ〜

2014年10月25日、地元、尼崎の学会の支部総会で、体験発表をさせていただきました。
学会の浦風支部総会で、体験発表という大役を果たしてきました!

台風で延期になったのにも関わらず、約100名もの方が参加して下さり、大成功に終わりました。

終わった後みんなから、淳ちゃんよかったよ!とのお声をいただきました♪

支部婦人部長さんからハグされました(笑)

皆様にも、私の体験発表の内容をお伝えしたいと思います。

私は学会2世で、両親が信心している中で育ちました。

11年前、母がくも膜下出血で倒れ、生きるか死ぬかの大病を患いました。学会の婦人部の集まりで倒れ、救急車で運ばれ、救急車の中で一時呼吸が止まってしまったとのことです。でも驚異の回復力で、約1ヶ月の闘病生活を終え、リハビリも一生懸命に頑張り、今は元気にしています。

思えば、会合ではなく自宅で倒れていたら、とっくに亡くなっていたかもしれません。

これも信仰のおかげだと、母や私達家族もいつも語っています。

私は両親の応援もあって、ジュエリーのオーダーメイド中心の仕事として、自営しています。GIAという米国宝石学会の宝石鑑定の資格も取っています。

私は19歳の頃に、精神的に体調を崩しながらも、社会に実証とジュエリーの自営の夢目指して、東京に上京していましたが、23歳の頃に悪化し、宝石関係の勉強のための東京での一人暮らしから、帰省しました。創価大学の通信教育部にも入学しました。

東京での生活の時に、学会本部の付近に住むことができ、毎日のように学会本部でお題目をあげる日々を過ごしました。

たくさんの人に仏法対話をしてきました。東京では地区リーダーをさせていただきました。

精神不安で厳しいと分かっていながら、夢があるからつき進んでいきました。

実家に帰っても一人になった心境になり、前へ進めなくなってずっと寝込むようになりました。

自力で治すとか病院行く自分が嫌で、病院やお薬を拒否していた時もあり、病状を悪化させてしまいました。

極度の不安や緊張状態がひどくなり、入退院を繰り返していた頃、当時の副会長さんに、指導を受けたところ御書の一節を通して「いかなる病さはりをなすべきや」のご金言をいただきました。

どんな病も治らないものはない。

お題目をあげにあげ、学会活動に励んでいくうちに体調が良くなりました。

ジュエリーの自営の夢も諦めず、自分に出来ることから始めたい気持ちで、制作販売やオーダーメイドをすることになりました。全面的な両親の支えで、お仕事をこなせるようになり、前進できるようになりました。

お題目をあげたら不思議と元気になれ、祈りが確信に変わりました。

縁する人みんなに信心をとの想いで、体当たりで折伏をしていき、福運を積んでいきました。

2年前には晴れて難病も寛解させることができました。

これもひとえに家族の支えや信心のおかげだと感じています。

池田先生は、病気になることが負けではない。病気を乗り越えられないことが負けであるとおっしゃっています。この信仰を通して、乗り越えられないものはないとの確信でいます。

幸せになりながら社会で実証を示せる人材へと成長して、先生にもお応えしていけるよう頑張ってまいります。

私の父は、4年前の60歳から省エネルギーの会社を立ち上げ、社会に貢献して、社会に実証を示そうと母と二人三脚で頑張っています。

この度、今年の学会の記念日の7月17日に私の紹介で、沖縄に住む安原真さんという壮年の方が入会しました。安原さんと一緒に宿命転換していっています。

安原さんは、福岡県出身で沖縄県石垣島に住んでいます。

私と安原さんは、ネットを通して知り合いになりました。

安原さんとのやり取りはネットのビデオ通話で去年の11月のある日、会話の途中今からどうするのか聞かれた時、創価学会の同時中継に行くと言え、学会宣言できました。

その時に、あっそうなんだ、少しは知っているよとすんなり受け入れてくれました。

すごく素直な人です。行政書士の資格も持っていて聡明な人です。

幼馴染に学会員さんがいて、小学校の時聖教新聞を読んだ事があるそうです。

去年の12月に、石垣島で一人で同中に参加してくれました。会館にスムーズに行けるよう手配しました。

初日は道を間違え行けず、次の日は、すごい雨で会館まで距離があるにもかかわらず向かってくれたのですが、途中転んでびしょびしょになりましたが、諦めずに行ってくれました。

帰りは館長さんが車で送ってくれ、その時館長さんからいい青年だと言われたそうです。

今年の元旦勤行会にも参加してくれました。

その後、ネットのビデオ通話でお話をし、以前送った入会希望カードに記入してもらうことができました。

母にも対話してもらい、一緒に仲良くお話できました。

地区座談会にも誘えて、石垣島の会館で、問い合わせしたら副県長の池城さんの電話番号を教えてもらえました。

電話をかけ事情を説明し、安原さんの事をお話したら、安原さんを自宅に招いて一緒にコーヒーでもと誘って下さり、約2時間お話してくださいました。

パソコンを通して一緒に、勤行唱題にも励めるようになりました。

地区座談会の感想を聞いたら、みんないい人だったよと、あと一言発言で、みんなの勤行のペースに追いつけるようにしますと言ったと言っています。

入決カードを記入してから、毎日のようにお題目を一緒にあげゆっくりと勤行もしました。

腰痛が良くなった!と、初心の功徳を話していました。

そんな中持病もあり、2月くらいから体調を崩していき、2月末にお風呂場で倒れて、2時間くらい気を失っていたそうです。

辛うじて声が出せ、お隣さんが救急車を呼んでくれ病院に担ぎ込まれました。

安原さんは小球性貧血と肺膿瘍という診断を受け、生きるか死ぬかの大病を経験しました。

病気を通して信心しようという気持ちを固めていったそうです。

集中治療室に4週間も入っていて、大変な状況でした。

安原さんが集中治療室に入る前、お題目を唱えているとメールをくれましたし、これまで一緒にたくさんのお題目をあげてましたので、私は必ずやこの窮地は乗り越えられるという確信がありました。

集中治療室に入る前、結核の疑いで隔離されていたのですが、そこで肺胞が破裂してしまい、看護師さんが異変を感じて来てくれ、看護師さんが5分診にくるのが遅れていたら命はなかったとのことです。

「九死に一生」ご本尊様に護られました。後で振り返ると、お風呂場で倒れてなかったら、とっくに死んでたと言っています。

連絡が途絶え、病院に問い合わせしたら、集中治療室だと聞かされただけで、ずっと連絡が取れないままだったのですが、4月末に安原さんから、メールが来て、やっとまたやり取りできるようになりました。

私は遠方のためお見舞いに行けなかったのですが、地元の副県長さんがお見舞いに来ていただけました。島バナナいただけました。

その後携帯で話してみると、本人は気はしっかりとしていました。

夢にお花畑が出てくるくらい大変な状態でした。

御書の一節の「法華経を信ずる人は、冬のごとし、冬は必ず春となる」と励ましのお手紙を送りました。

私は一途に学会の事を理解してくれる安原さんの回復を信じて、ひたすらお題目をあげました。

自発呼吸ができない状態で、喉に穴を開けてましたが、今はふさがっています。

歩くリハビリ筋トレも頑張り、今は筋力の4割がた回復している状態です。

御書の一節に、祈りとして叶わざるはなしとあります。

どんな祈りも乗り越えられないものはない。

聖教新聞も毎日熟読してくれるようにもなりました。

今月から自ら購読してくれています。

7月17日学会の記念日の日に、尼崎の地で、安原さんに晴れてご本尊送りすることができました。

安原さんは石垣島在住ですが、色々な手続きが済み次第尼崎に来たいと言ってくれています。

安原さんも尼崎をすごく気に入っています。

母も毎日のように、安原さんに叱咤激励をしてくれています。

母にご本尊送りした後、私が変わったことを聞いたら、心が素敵になったと言われました。病院の看護師さんから、綺麗になったわね言われ、横山圏長さんからは、如是相の相が良くなった、優しくなったとおっしゃってくださいました。女性として嬉しい功徳をいただきました。

お互いそれぞれの病を、乗り越えました。

安原さんは信仰深く、何事にも熱心な人です。

安原さんの目標は、世界広宣流布のお役に立てる行政書士として、みんなの幸せを祈れる人材になることです。

目標は、大きく言えば、世界広宣流布のお役に立つジュエリーデザイナー兼オーナーとして、世界に羽ばたくことです。芦屋にお店を構えたいです。できれば、自営している方と結婚して、マイホームも持て、子供のいる幸せな家庭を築きたいです。

信心根本にこれからも一緒に成長し合っていく関係でいたいと思います。